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BABYMETALの謎を解く

妄想で突っ走ってます!(◎_◎;

第一弾 中元すず香の謎に迫る!(その2…のつづき)

中元すず香

昨日3/23のさくら学院3年生最後のLoGIRL、いや~カオスでしたね~

まぁ~、でも父兄さんにとっては、また成長期の別の面を見ることができたし、それに最後の最後のお楽しみは29日の卒業式ライブにとっておくってことで、結果よかったんじゃないでしょうか?(←当社比w)

 

さて、本題の「謎に迫る!」ですが、これがなかなか困った。

情報は洪水のように氾濫してるし、すでにみんなが知ってるデータ・逸話の中から中元すず香にどう切り込み、どういう角度で新たな面を発見し、その本質に迫るか?これはなかなかの難題。(とゆーかなーんも考えてなかったんで今考え中w)

、、、とりあえずテーマを絞ろう・・・、(3分経過)、、、そだ!

 中元すず香の魅力、その二つの源泉

これドすか?

ちょっとは興味をそそるお題じゃないでせうか?

(シーン)

えー、では異論はないってことではじめたいと思います(←ダレに確認シテンダロ?)

(ウホンッ)

 

ギャップ論は正しいか? 

一般的に中元すず香の魅力は?というと、前々回「その1」のお題でも取り上げた、

①Su‐METALとしてのカリスマ性

②世を忍ぶ仮の姿のすぅちゃんとしてのいわゆるポンコツ伝説で語られる超天然性

この二つのギャップのあまりの大きさと、それに加えて森先生が言われるところの

③「ストイックさ」つまり何事にも真摯に真剣に一生懸命取り組む姿勢。そして、

④周囲が見えなくなるほどの集中する力これは表現を変えると〈私〉という自意識を忘れてしまう程の、取り組む対象への「没入力」といってもよいでしょう。

この③と④の性質が、①と②のギャップとなって現れているいろいろな記事を読む限りでは)推察することができます。

これはよく世間でも経験することですネ。

たとえば厳しい上司や先輩が、ひょっとした出来事で意外な優しい面を見せてくれたり本当の素顔を垣間見せてくれたりして、イメージがガラリッと変わり、親近感を憶えたりすることがあります。それがそのまま尊敬の念に変わることもありますね。

 

しかしながら、よくよく考えるとこのギャップ論は、中元すず香の魅力の原因のすべてを説明してはいません。

ギャップ論は「魅力の現れ方」を説明してるだけで、中元すず香の「魅力そのものの源泉」を説明しているわけではないことにみなさんも気が付くはず。

ギャップがありさえすれば魅力が現れるならば、「普段よく挨拶してくれる、おとなしい人でしたよ~」と報道される犯罪者はみな魅力があることになってしまいます。

(むろんヒトラー等、崇拝する人も中にはいるが決して一般的ではないことに留意)

 

一般に広く魅力が認められる人は、業績や才能(姿形含む)とともに、必ずその人の人柄・人間性という「内面の豊かさ」があわせて語られることが多いものです。

つまり簡単にいってしまえば、いくら才能や業績やギャップがあったとしても、心が貧しく人に嫌われるような人は万人に好かれるはずがなく、人を魅了することはできない、ということですね。

したがって、ギャップ論は魅力の本質ではなく、心の内面性の豊かさが人の魅力の本質であり、そしてその内面性の豊かさと才能や業績が共に存在してはじめて、その人には他人を魅了する力が存在するということです。

そこで筆者は中元すず香には上記①~④の他に、魅力の源泉となる「内面性に大きな二つの特徴があり、それが人々を魅了している」のではないか?と推論してみたわけです。(←あくまでも既存の記事からの考察。)

 

魅力の源泉 その1

ひとつは、いわゆる歌の考古学での島唄研究発表のスピーチからの推察。

島唄スピーチ)

さくら学院 公開授業 2.24 『歌の考古学』 アムラックスホール 1限目

島唄の歌詞の意味)

The Shinzou Times: 「島唄」の歌詞の意味

も~素晴らしいの一言しかない。

若干15才になったばかりでこれだけのスピーチができるのは、魂の高潔さ・人間性の奥深さ・心の純粋さの現れ以外の何ものでもない。

時折り、すぅさんの歌唱力について(表面上の)上手下手のみに注目し論じられていることがあります。が、それは木を見て森を見ないことと同様。

歌や言葉が人を感動させるのは、小手先の技巧ではなくそこにこめられた心と魂であることは誰もが知るところ。歌というものが、どんなに時代を経ても多くの人々に愛され歌い継がれていくのは、歌は人々の心そのものだから。

 

中元すず香の歌声が多くの人の琴線に触れるのは、すぅさんの純粋な魂に触れ、忘れかけていた自分の心と魂そのものに、知らず気付かされ揺り動かされるから。

だからこそ、言葉が通じない海外の人にも多くの言いようのない感動を与えた。

そうして聴けば聴くほどに、知れば知るほどに彼らは虜になってしまう。
しかしそれは決して不幸なことではない。
なぜならすぅの歌声は、彼らの迎える日々を、明るく楽しく色鮮やかな至福の瞬間(ひととき)へと見事に変えてしまうから。

 

中元すず香の魅力の第一の源泉は、その高潔で純粋な心そのものにあった、そしてすぅさんが歌うたび、決して尽きることない湧き出ずる泉のように純粋な心とSOULが溢れ出ているのだ、と筆者は想像するのです。

 

魅力の源泉 その2

第2の源泉はさくら学院在校時、ことに生徒会長のときに形作られたと考えます。

彼女はたった一人の3年生として生徒会長の1年間の任を通じて、自分の不安と孤独を乗り越え、下級生のお姉さんとして、またみんなの力に支えられつつ、全体を引っ張っていくリーダーとしての自覚と責任感に目覚め、そうして子供から大人へと大きく成長を遂げました。(前回掲載の2012年度さくら学院卒業時の答辞参照。)

 

Su-METALとしての〝男前〟の迫力は、彼女の成り切る没入力もあるかと思いますが、それ以上に、

自分より強き者に庇護される子供(Child)の心ではなく、

自分より弱きものを庇護する大人(Adult)としての心の強さがすでに具わっている

からと考えるならばすんなりと納得できます。 

 

音楽雑誌ヘドバンの'14/3月号のインタビュー記事で、I.D.Zの歌詞(を自分の感覚にするため)の読み込みに半年以上かけたといいます。

おそらく、彼女がI.D.Zの、

苦しみも 悲しみも全て解き放て 君を守るから

と歌う時、まさに心の底から確信しそのものとなっているのでしょう。

ヘドバンギャー!!もまた然り。

15の夜を忘れはしない 泣き虫なヤツは ここから消えろ

15の夜を忘れはしない 邪魔をするヤツは ここから消え失せろ

 

Su-METALの目の力・迫力・力強さは、決して想像上の演技された仮のものではない。

すべて、さくら学院・生徒会長時に学び育てられた彼女の現実のパーソナリティーそのものであり、ソニスフィアで見せたあの微動だにしない不敵ともいうべき笑い、ファンを魅了するイケメンとも呼ばれるカッコよさの源泉は、まさにこの点にある!と筆者は推察するのです。

だから、すでに彼女の心は可憐ガールズのちっちゃいすぅちゃんではない。

中身は成長した中元すず香であって、決してポンコツすぅちゃんではない。(←おっちょこちょいは一緒かも知れないケドw)

まだ高校生の彼女が、これから何を学び、どこまで成長し、どれほどの輝きで人々を魅了し続けてくれるのか?とても興味深いものがあります。 

 

さらに中元すず香さんのパーソナリティーの形成について、もう一つ特筆すべきことがあるかと思います。

それは同2012年度卒業式での森先生の言葉。

「中元というのはものすごくストイックな人間で、皆さんに努力を見せずに家ですごくやってきた結果がこうやって舞台に出ていると思う。まだ中学三年生で、これから何年もこの業界で頑張っていくとなると結果が出ない時も絶対にあると思う。中元のストイックさはすごく大事だけれども、自分がダメだっていうとき許して上げられる、そんな中元の部分を持っていて欲しいと思います。中元は敗したりミスっているとき、そういうのでもここにいるみなさんは本当に愛おしいと思っているはずなんです。そういうところも中元の魅力なんで、本当に自分を大事にしながら成長していって欲しい

 

生真面目な性質の人が責任感を追求していくと、往々にして失敗による非難や他に掛けてしまう迷惑、あるいは自分自身が停滞することへの恐れを感じて、その責任感そのものに押しつぶされてしまうことがあります。

その時、失敗や停滞している自分を受け入れてあげることができるかどうか?

それがその人の心の余裕と人間性の幅、ひいては生きることへの充実感に直結することと思います。

時にありのままの自分を許し、等身大の自分を大事にする。

これは大の大人でもなかなか難しいことですし、一般的にこのことの重要さに気付くこと自体、社会に出てから何年もかかります。(認められず、鬱や自殺したりする人が増え、大きな社会問題の一つとなっているのは周知の通り)

このことはそれほどに、人の人格形成の大きな部分を占める事柄だと考えます。

 

思うにこの卒業式の、最後の最後の場面での森先生の言葉は、ストイックさに傾きがちな生真面目な彼女の心に「一歩離れて自分を見詰めるという心の余裕」を、ストレートに与えたのではないでしょうか。

もちろんこれは中元すず香だけではなく、

さくら学院はスーパーレディーになるための基礎として、本質的なことを学ぶことを目的としている」という倉本校長の言葉通り、

さくら学院生徒全員の心の成長の、大きな礎となっていることでしょう。

そういう意味で、さくら学院での学院生活というものが、現在の中元すず香のパーソナリティーを形成し、魅力の源泉の大きな要因となっているのは厳然とした事実であり間違いないのないところである、と推察するのです。

 

まとめ

以上、この2点が現時点での中元すず香の魅力の源泉となっているのではないか?

だからこそ、

・単にギャップの差が大きいからとか、声や歌唱力が素晴らしいとか、姿形が可愛いとか綺麗だとかということだけで、魅力が形成されているのでは決してなく、

・それよりも生来の心性とさくら学院生活で磨かれた内面性が泉のように溢れ出て、

大きな大きな中元すず香人々を魅了する力・源泉となっている

そう考察してみたわけですネ。

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