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BABYMETALの謎を解く

妄想で突っ走ってます!(◎_◎;

Kawaii+METALはなぜ世界で唯一無二なのか

謎解きシリーズ

すでに知られている通り、現代日本で使われている「可愛い」という語の持つ概念は、英語のCuteやBeautiful等の語では表せず、またこれに相当する単語が存在しないため、そのままKawaiiという国際語として使用されています。

 

エロかわ、キモかわ、ブサかわ、カッコかわいい・・・

カワイイの適用範囲は非常に広く、かつ語義が示す概念はとても曖昧です。

がしかし、この語が示唆する世界でも唯一無二といってもよい特殊性から、日本文化を世界にアピールする政府のCOOL JAPAN戦略の中核をなす概念ともなっています。

 

そこで、このKawaiiという語の意味を追求していくと、中世・古代にまで遡り1000年以上に亘る重層な歴史を背景にして培ってきた日本人の感性そのものを表現する言葉であり、日本人にしか生み出せなかった概念なのではないか?と推察してみました。

そしてBABYMETALのKawaii+METALもまた、そういう日本人の感性・文化があったからこそ、世界から注目を集める唯一無二の(他の文化圏の誰もが思い付きもしなかった)ニュージャンルとして大きく花開いたのではないか?と妄想してみました。

以下、順を追って分析してみたいと思います。

注1)あくまでも、専門家ではないシロート考えです、、、と先に逃げをうつw

注2)え~、相変わらず思い付き長文の上に、今回は硬い文章が延々~と続きます!、先逃げPARTⅡw

注3)この歴史的文化的に深い意味を持つ(であろうと思われる)KawaiiとBABYMETALとの関連性を解いていく過程で、海外ヘイターからのロリ・ペド批判に対する答えも明らかになるかと思います、おそらくw

注4)同時に「俺はロリコンなのか?」と(内心)慄いてるw男性諸氏の不安も解消されるのではないか?と思います、、たぶんw(ただしホンマもんのロリコン・性的倒錯者以外ww)

 

カワイイの語義、その歴史的変遷

カワイイという語の意味は、

平安時代➡可哀そう

・江戸時代➡愛すべき(可愛い)

・明治時代以降➡女性や子供、小さいものを愛しく感じること

というように、時代とともに次第に変化したのだそうですが、基本的には、

「強者➡弱者、大きいもの➡小さいもの、親➡子、男➡女」

というように上下関係に基づく概念であり、歴史的には男尊女卑の社会で使用されてきた言葉なのだそうです。

(参考:10m53s~)

www.youtube.com

しかしながら、近年、女性の社会進出により女性の社会的地位が上がり、日本の男女の上下関係が大きく変わったため、男性の独占物であったカワイイが 女性から男性へも使われるようになったのではないか?とのこと。

 

そしてその上下関係という概念が〝取っ払われ〟ることにより、カワイイという語に含まれる意味が「自分が愛おしく思うもの・癒されるものという概念だけ」となり、男女の別・世代を超えて広まり、 自分が親しみを感じるあらゆる対象が「カワイイ」という語で一括して表現されるようになり、

さらには、対象に対するカワイイと感じる感性には、当然個人差があるわけですが、しかしながらカワイイと感じる「感覚そのものは同じ」であるため、カワイイという共通の言語を日常会話で使用することにより、逆に他者との意志疎通をはかり円滑なコミュニケーションを成立させている、というような趣旨を番組の後半でいっていたように思います。Youtubeに後半部分がなかった。誰か知りませんか~?)

 

もし以上が正しいならば、 カワイイという言葉に込められた新たな概念は、日本人が長い歴史の中で培ってきた文化=集団主義的傾向という特質から生じたものであり、海外の、ことに欧米の個人主義的な思考・文化からは決して生まれなかった言葉(概念含む)であることが推察されます。

またさらにいうならば、このカワイイという言葉の概念には、感性や考え方の異なる他者とのコミュニケーションを宥和的に、積極的に図ろうとする意志が込められているということになり、そういう意味からしてもカワイイに含められた概念は、争い敵対することよりも、極めて平和的な関係を望むメッセージが込められているということになります。

 

ですから、BABYMETALのキラーチューン「イジメ・ダメ・ゼッタイ」が恩讐を乗り越えることを訴えかけ、第三章のテーマ曲「Road of Resistance」がTHE ONE=ひとつになること、この二つのメッセージをKawaii+METALに載せ、全世界の心ある人々に向けて発信することは、非常に理にかなっているということになります。

まぁ、余計なこといっちゃいますがw、政府のCOOL JAPANよりも(平和へのメッセージ性含め)事実上、はるかに影響力があるのはこういった理由もあるかと思います。まだ高校生なんですけどね(´・ω・`)

www.youtube.com

ってゆーか、ふつーにカワイイ~♡ (///∀///)ホエ~

 

カワイイは日本人固有の感性

さて少し話が変わりますが、能楽で「幽玄」という言葉があります。

この言葉もカワイイと同様、この語が指し示す概念もまた広く深く、能楽を芸術の域まで引き上げた、当の世阿弥自身も使用方法が一定していません。

しかしながら、世阿弥が著した芸術論三部作の一風姿花伝の冒頭に、

「童形なれば、何としたるも幽玄なり」

とあります。この場合の幽玄は、美しいというほどの意味で、ようするにハッとするほど可愛いということですね。

しかし、前述の通り、幽玄という言葉にはさまざまな意味が含まれていますので、ただ単に子猫や赤ちゃん、あるいはキティーちゃんを見て「キャワイー♡」ということではありません。

童子の、純朴で思慮の一切ない振る舞いや、ふとした仕草、あるいは立ち居や横顔の中に、まるで神霊が童子を依り代として降臨しそこに坐ましたような、あるいは自分の見ている空間と自然とが一体化し、切り取られた時間の一瞬の深淵を覗き見たような不可思議な雰囲気、それらが合わさって現実の形となって世界に顕れたとでもいうような、そういう感覚を含んだ意味となっています。

要するに、人をして強烈に惹きつけ魅了する、言葉では決して表現し得ない対境と自己との間で形成される不可思議な空間・空気、それを幽玄と名付けているわけです。

 

それを世阿弥は、

「子供はそこにただ立っているだけで、人を魅了する力をもっているんだ」

「美しくカワイイのだ、人を虜にしてしまうんだ」といっているわけですね。 

※しかし世阿弥は、それは「時分の花なり」、つまり年齢とともに現れ、年齢とともに散ってしまう花、消えてなくなってしまう花なのだ、と書く。

これは人間というものは、成長とともに様々なことを学び経験するため、それにともないどうしても思慮も深くなっていく。それは同時に、子供時分の純粋さ・純朴さというものがなくなっていくことを意味する。それを世阿弥は弟子達に、「誠の花」散ることのない花となるよう、心構えと方法を花伝書として残した。

 

サテ、長々と幽玄について述べましたが、ここで注目したいのは、子供にはそもそも幽玄ともいうべき美しさ・可愛さがあるのだ、という認識を世阿弥は持っていたということ。これは世阿弥だけではなく、当時の世間一般の日本人の感覚でもあります。

たとえば、稚児さんというと現代でもよくお祭りで見かけますが、それは祭りのシンボルということだけではなく、もともと古代から幼児や女の子は、その純粋さから神霊が降臨しやすい依り代と考えられ、中性的な存在として受け止められていました。

 

ですから、世阿弥風姿花伝の冒頭で触れた「童形であれば、どうあったって美しくカワイイのだ!」というのは、世阿弥だけの独自の考えではなく、世間一般の共通認識として述べた言葉であり、次の「時分の花で、誠の花じゃないんだ。能はいつまでも散らず、咲き続ける花を目指すんだ」ということを強調するために引用したものということでしょう。

 

つまり、このことから、日本人はその昔から、子供の純朴さの中に見える不可思議さに注目し、そこに「美」を見い出す感性を持っていたということが理解できます。

つまり、端的に現代語で言えば「カワイイ」ということですね!

   f:id:usikamo:20150501222815j:plain

 

それは今に始まったことではない。何百年もの昔から、日本人はその中に見出した「美」を、能や歌舞伎といった芸術の域まで引き上げ、洗練させ、伝えてきた。

 

すなわち、カワイイが現出する背景には、日本の何百年もの歴史、何千人もの達者・天才たちが作り上げ伝えてきた重厚な歴史がある!ということです。

カワイイを裏打ちする日本人の感性はとんでもなく

ぶあついのです。

 

日本の歴史が培ってきたカワイイ文化は、

巷のロリコン小児性愛嗜好など低次元の性的欲求をはるかに超え、時には、

芸術の域まで達する極めて洗練された文化的感性なのです。

だから未だに海外のヘイターや国内においてもアンチが、ロリコンだとかペドだとか批判しているようですが、それは自分の無知をさらけだしているだけ、感性の鈍さあるいは自分の低次元の欲求を露呈しているだけ、ということになってしまうのです。

※この項について一番下、最後の方に補足を追記しました。

 

カワイイは性差を超えている

前項で、先に稚児などは中性として受け止められていた、と述べました。

それは男性でもなく女性でもなく、どこまでも幽玄としか表現しようない神聖な雰囲気=究極の美をその中に観、そして体現している存在であるとして受け止めていた、ということです。

 

ここでいきなり飛びますが、Su-METALです。

世を忍ぶ仮の姿のすぅちゃんのことではありません。

去年、Mステスーパーライブ出演時、あちらこちらでSuさんの「イケメンぶり」が話題となっていました。

www.dailymotion.com

 かっこいい・・・ウットリ (* ̄。 ̄*) ハワワワ~、、、

 

 だっ、、ではなくー、んーとんーと、、、なんだっけ?巻き戻し~

そぅそぅ、この「イケメン!」という言葉。

そーっ!まさに男性名詞です!

 

ファンはまさにこのとき、

Su-METALの中に美青年のイメージを観て、

青年が象徴するを発見したわけですね!

このとき、Su-METALは女性でもなく男性でもない、性差を超えた中性の存在として、キツネ様の依り代となって、自ら幽玄の境を体現していた。

 

それを目の当たり、私たちは見た。

まさにこれは世阿弥が表現したところの妙であり、中元すず香は時分の花を体現し、Su-METALそのものとなっていた。

このことは、先日の赤ミサの女性メイトたちがすぅちゃーん♡でもなく、キャーッ♪でもなく、すぅ様ーっ!と呼びかけていたこともあわせて考えるとよく理解できます。

これが日本人が大切に育ててきた芸の道であり、文化の粋であると思うのです。

 

  演者が舞う。

  迫真の芸によって創造された幽玄の境。

  私たちは魅入られ、自らその世界に入り込む。

  そうして演者と自分とが完全にひとつとなって融合する世界。

  その中に新鮮な美への驚きと喜びを見い出す。

  と、その瞬間、動き出した自らの呼吸と鼓動を肌で感じ、

  活き活きと今を生きている新たな自己を、彼らは発見する。

 

そうしてさらに重要なことは、YUIMETAL&MOAMETALが作り出す「Kawaii」の魅力が怒りや憤懣・悲しみや悩みを吹き飛ばし、楽しさと平安の境地を、私たちの心の中に、毎日の生活の中にもたらしてくれるということ。 

 

Su-METALの眼差しの力強さ・YUIMETAL&MOAMETALの究極の可愛さ・神バンドの爆音が与えるパワー、それらをあわせ持つBABYMETALのKawaii+METALは、日本の文化でしか生み出せ得なかった最強の音楽なのだ、と個人的に思うのです。

この先、「時分の花」が成長し「誠の花」へと変わるとき、さらなる感動が待ち受けている、そう筆者は確信しています。

 

 

以上、最後までお読み頂きありがとうございました。

それではみなさま、よきゴールデンウィークを!

       し~ゆ~

川。◕◡◕。川ノシ  川`ω´*)ノシ  川δ ¬ δ川ノシ

 MOAMETALでふっ       カカッテコイヨーッ      らうだらうだ~

 

 

◆補足:カワイイは日本人固有の感性

1)日本の歌謡界では、昔から、山口百恵森昌子他(美空ひばりもそう)中学生ぐ

  らいの時からアイドルとして活躍している。つまり日本の芸能文化では、少女を

  とりたてて性的対象として見てはいなかった、ということの証左。事実、現代に

  おいてもアイドルを中心としたカワイイ文化は、大衆に大いに支持されている。

  ただ、幼少女児を狙った性的異常犯罪者・事件が増加したために、ロリコンであ

  るか否か、がことさら社会的に意識されるようになった、と思われる。

 

2)さくら学院の「父兄」という呼称は、1)項の方向性を矯正するという意味で

  非常に素晴らしいアイデア!なにしろ「お父さん目線」ですからね!

  倉本校長さすが!

 

3)すぅゆいもあの三姫ともすでに高校生なので、これからロリ・ペド批判は減少し

  ていくのは間違いないが、カワイイとロリ・ペドとはまったく異なる感性である

  ことを明らかにしたかったので、あえて今回、長々と取り上げたってことです。

 

4)欧米他のヘイターによるペド批判は、キリスト教イスラム教文化圏の価値観に

  基づく批判であり、それこそ日本人が何百年にもわたって高度に洗練してきた、

  日本の芸能文化を考慮に入れた批判でなければ、あさっての方向の、

  どっちらけーw、以外の何ものでもないでしょう。

 

 

 

 

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