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BABYMETALの謎を解く

妄想で突っ走ってます!(◎_◎;

Rock with that BABYMETAL!

壁|д ̄*) チロッ… キョロキョロ(゚ω゚ ≡; ゚ω゚)…  シーン…

(ヨシ、ダレモイナイ)

 

イヤイヤ、前回の市川氏批判記事。

スゴカッタDEATH!

二日間で約8000弱のアクセス数!ツイッターの爆発力のすさまじさ!

アフィリエイトだかなんだかやってベビメタで儲けたくなるのもわかる気が、、、

しないかwあは

 

で、ざーっと眺めると賛否両論はあるものの、おおむね市川氏の論評に〝ムカついていた〟方が多かったよーですね。

がしかし、個人の感性考え方はさまざまですから異論噴出は当然のこととして、その市川氏への賛否とは別に「こんだけコアなBABYMETALファンがいる!」ってこと自体、「スゴイなぁ~」と感じた次第です。

まさに ↓ こんな構図。

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ま、取りあえず一巡したよーですので、またまた拙文愚論再開したいと思います。

 冒頭の絵文字はネタですよ~ (゜∀゜)

 

***************

サテ、今回ホントは「中元すず香の涙」というお題を考えていたのですが、メタルハマー受賞と、前回の市川氏の論評についていくつかコメントを頂いているので、それらを絡めて、思うところ述べてまいりたいと思います。

※なお、今読みなおしたんですが、とにっかく読みにくいデス(=_=)ゲッソリ

 長ったらしい上にさらに合間合間に書いてたんで、内容・文章ともまとまってなくてヒドイ><

 最後まで読み切ると忍耐力が養われます?!(゜∀゜)byブログウシ

 

 

メタルハマー受賞!

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先ず、メタルハマーの受賞の詳細に関しては前回のケラングと同様、他のまとめサイト様の記事をご覧頂くとして、一つ二つ筆者の思ったところを述べたいと思います。

 

第一に思ったのは、これはまだ序章に過ぎない、ということ。

今まで(この無駄に長いブロ愚wを)ご覧頂いている方は、お解りかと思いますが、BABYMETALの音楽性の特殊性は、50年のロック史のなかでもepoch-makingな出来事※1ともいえるものです(と筆者は思い込んでるw)

たった一枚のアルバムと、ほんの僅かな世界での公演でこれだけの高評価ですから、まだまだこの先評価は高まっていく。そう思うわけです。

 

※1BABYMETALはジンテーゼ

①米国の泥沼化するベトナム戦争時の「愛と平和」のメッセージを歌ったフラワー

 ムーブメントをテーゼとすれば、

②その偽善性、つまりドロドロした感情や欲求を合わせて持つ人間の本質を表現した

 アリス・クーパーやブラックサバスなどメタルはアンチテーゼ

③しかし、人間の負の側面を好む人は少ないためメタル人気は凋落した。

 そこに①のテーゼの正のメッセージと②アンチテーゼのメタルの激しさを、Kawaii

 で融合させ止揚させたのがジンテーゼ=BABYMETALというジャンル。たぶん。

 参考:実験-BABYMETALをロック史の文脈で語ってみる

 

しかしながら、それが本当に(ロック史に名が残ることはもう確実ですが)時代を動かす音楽=ムーブメントとなり得るかどうか?というとそれはまた別の話であり、そうなるためには、これからどれだけ一般視聴者を惹きつけ、魅了し、そして世界のメインストリームへと食い込んでいけるかどうか?その一点にかかってくるわけです。

 

なぜなら、どんなに革新的なことであっても、大衆の共感を得られずまして動かせなければ、それは新しいビッグウェーブにはなりません。また大衆に迎合したもの(ポピュリズム)は革新にはなり得えず、一時の流行とは成り得ても時代は動かせない。

 

したがって、今後の「楽曲と方向性」次第、つまり次の「アルバムの出来」次第にかかってくるわけです。とはいってもTEAM-BABYMETALにはすでにそれに応えられるポテンシャルと革新性が十分にありますから、大いに期待するわけでアリマス。

 

第二点目としては、さらなる試練が待っているということ。

それはどういうことかというと、BABYMETALが目指す音楽ジャンルがMETAL/ROCKである限り、バッシングは決して避けられないからです。

メタリカやリンプビズキットなど時代を担ってきたバンドがそうであったように、BABYMETALも、どんなときでも、たとえレディングで大量のペットボトルの嵐に見舞われたとしても、そういう時こそKawaii+METALの真価が問われる。

そういう状況の中で、中元すず香率いるBABYMETALが決然とした態度でやり抜いたときはじめて、Kawaii+METALは、KAWAIIMETALとして認知され確立し不動のものとなる。

MH授賞式で投げ入れられた紙コップ・キャンディーを見てそう思ったわけですネ。

これについては後ほど詳述します。

 

〈やらされてる感〉日本と欧米の違い

サテ、前回の市川氏の論評についてですが、主な論点は〈やらされてる感〉をどう捉えるか?この点に意見の相違が生じていると考えます。

つまり、白狐様の指摘される通り〈やらされてる感〉をどう定義するか?ということをはっきりさせないと論点そのものが曖昧となるわけで、どこまでも議論はかみ合わず、しまいには感情論になっちゃうわけですね。 

 

そしてさらによくよく考えてみると、この〈やさられてる感〉の根底を探っていくと、極めて哲学的な問題と西欧と日本の文化や考え方の違いが見えてきます。

それは単に「海外のvsメタルエリート」と「日本のvsドルオタ」の表われ方の違いだけではなく、ロック史全体の流れや西欧社会の政治的な問題まで透けて見えてきます。

(ってゆーかこんな大風呂敷広げてまとまるんだろか?ちょっと不安w なお哲学・政治話はカット)

ま~とにかく思い付くところから進めてみますw

 

〈やらされてる感〉を分析する(当社比w)

まずこの〈やらされてる〉。※とりあえず「感」を除く。

これを考察しやすいように言い換えますと「自由意志」の有無ということになるかと思います。

つまり、 〈やらされている〉とは、

①自分の意志(やりたいこと)を無視し強制的に〈やらされてる〉=自由意志がない

ということになります。

しかし、よくよく観ると、この文章をよく観ると

②〈やらせている側〉と〈やらされている者〉の二者の関係

で成立していることが解ります。

また、

③それぞれ目的と手段、および〈やらされている者〉の側では、自発的か強制的か

の別がありますので、②③の関係から8通りのパターンがあることが理解できます。

それぞれを上げるとメンドイので、端的にいうとそのなかには

〈やらされる〉企画がもたらす結果が自分が求める目的と合致することが予想され、自発的な意志によるときそれは〈やらされている者〉の自由意志で〈やっている〉

というパターンもあるわけですから、「アイドルは事務所の金儲けの企画のために〈やらされてる〉イロモノだよ」とは一概に決めつけられず、①とは異なるパターンが存在することが判ります。

したがって、アイドルだからすべて〈やらされてる〉=〈自由意志が無い〉とは言えないわけです。

 

〈やらされてる感〉-日本編

ま、ここら辺、こんな解りづらいヘタな分析wしなくとも、

もともと日本の文化は集団の調和を重視する文化ですから、基本的に

・「やらされているいない」といった個人の自由意志の概念を基準としてはおらず、

・「一生懸命にやっているかどうか?」という集団に対する個人の姿勢やあり方、

が評価の基準となっています。

 

つまり、日本の文化ではもともと〈やらされてる〉といった感性はあんまりなく、考え方の基準としてもそれほど重視されてなかったってことですね。

ですから、日本では前回あげた美空ひばりらや、それこそ歌舞伎子役のように生まれた時からのアイドル的存在は昔からいるわけですが、そこでは〈誰かにやらされている〉という基準ではなく、〈本人が誠心誠意、やっているか否か?〉という心構えがより問われるわけです。

 

思うに〈やらされてる感〉に強く違和感を持つ方が増えたのは、近代に入ってから輸入された西洋的論理に基づく思考の影響(ことに戦後の個人の自由や権利・人格権等)が、自然と浸透してきたことによるかと推察します。

    f:id:usikamo:20150618175346j:plain

 

〈やらされてる感〉-欧米編

サテ、これが欧米となると、個人というものを基準として考えますから、自由意志というものがより大きな要素として重視されます。

 

ことにロックということになるとかなり日本と事情が変わってきます。

 先の 実験-BABYMETALをロック史の文脈で語ってみる でも述べましたが、ロックはさらに個人の自由というものの価値を突き詰めた音楽ですから、基本的に・

「本来の自分を見失わせてしまう押し付けられた社会常識や既成概念から〈自己〉を

 解放し、〈自己〉を束縛する権力や権威への抵抗を表現した音楽」であり、

「何ものにも強制されない〈自由意志〉を謳うメッセージ性の強いジャンル」です。

 

したがって、欧米でロックミュージシャンといえば、自分で作った曲を自分で演奏し、伝えたいメッセージを自分で歌うアーティストたちという認識になるわけです。

ですから、金儲けを目的とする生き方は、人間本来の生き方ではないと嫌悪され、否定されるわけですね。

(もちろん、ミュージシャンもお金がなければ生活も公演も出来ないわけですから、お金自体を否定するものではない。しかしお金を〝人生の生きる目的〟としたとき、本来のあるべき人間性を失わせるからそれを否定する。つまり〝本来の自分・あるべき人間性〟という目的が先にあるということ)

 

翻ってアイドルは、その金儲けを目的とする職業と同じライン上に、

・「ミュージシャンとは異なり、金儲けを目的とする音楽事務所がある」とみなし、

・「アイドルは事務所の金儲けの目的のために作られた企画であるから、

したがって、

・「自分で曲を作らず演奏しない彼女らは、事務所の金儲けの手段であり、操り人形

  であり、ギミックだ」

ということになり、個人の自由意志を否定された意志のない存在=ギミックとして、ロックフリーク等からは、一段蔑まれた存在とみなされるわけですね。

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日本のロック評論家の認識

そこで、日本のロック評論家のほとんどは、そういう(ロックの)認識基準を前提としているはずですから、BURN!誌編集陣他も含め今回の市川氏のように、BABYMETALの音楽性を論評する以前の段階で、侮蔑した表現がどうしても混ざってしまう。

 

ですから、今回の市川氏が表現した〈やらされてる感〉というのは、まさしく欧米のロックの概念に基づくギミック論を指している、と筆者は考えるのです。

 

そこで(今回以下に述べることが最も重要だと考えるのですが)、海外のメタルエリートのヘイトの根幹は、「BABYMETALは、事務所の金儲けの目的のために、社会の矛盾を知らない女の子に〝人間の真の生き方を教えるはずのメタルを歌わせている〟だけの操り人形であり、ホンモノのメタルを冒涜するギミックである」ということ。

 

これは(日本の音楽事情・アイドルの歴史を知っているはずの)ロック関係の音楽評論家が真っ先に論評し発信し、否定すべき事柄であるはずなのに、それが逆に一様に蔑みあるいは足を引っ張るかのように無視し、今回のKERRANG!やMETALHAMMERの授賞式にも、沈黙を決め込んでいるように見えること。

かつて、クイーンやチープトリック等々、日本の音楽評論家が評価したことにより、日本国内での人気が高まり、その評判が海外に伝わり成功したバンドは決して少なくないはず。個人的にはもしかしたら日本の音楽評論家が一番のアンチかも知れないとさえ思う。

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BABYMETALはロック

まぁいい。それは。

今回は海外の評論家たちの方に見る目があった、というだけの話だし、BABYMETALの実力は着実に広まっていくことは確かなのだから。

 

ただ、ギミックではないということ。

BABYMETALは本物のKAWAIIMETALであり、彼女たち自らロックしているんだ!ということは、海外の人たちに正しく知ってもらわなければならないことも確か。

 

だからこそ、リンプビズキットのフレッド・ダーストが、BABYMETALの3人の姿に、単にKawaiiだけではない「ロックを感じた!」ことには大きな意義がある。

※参考:雑感:2015-6-3 - BABYMETALの謎を解く

 

それは、

メタリカが歩んできた道だし、

フレッド自身が歩んできた道であり、

反発とヘイトの茨の中、決して目をそむけることなく、

道なき道を切り開いて来た者、

ロックしている者だけが知る道だと思う。

おそらく、

飛び交うであろうレディングでのペットボトルの中、

決然とそれを成し遂げた時、

BABYMETALの新たな伝説※2が始まる。

 

私はそう思う。

※あ!もちろん、ペットボトルよりもクラウドサーフの大波のほうがいいんですよ!

 

 

BABYMETALと一緒にロックしようぜ!

そんときゃオレもやるぜ!

 

 

※2:イタリアのインタビューで、メタリカへのラブコールはいつも通りだけれど、リンクビズキットとのコラボに言及したことは、特筆すべき!

 

 

*************

え~と、いちおーこれでコメントを網羅してることになるか?チェック。

あ!やっぱ抜けてますねw

 

えーと、まずは、

>記事の論評を「偏見に満ちている!」と批判しながらも、その論説の中に他グループに対する偏見があるのはなんともお寒い気も…

 

んーと、おそらく誤読かと思います。

批判しているのは「AKB商法」と呼ばれるビジネスモデルであって

AKBの女の子ではありません><

 

>tomo様、ありがとうございます。

おそらく、ご意見は拙ブログ「ギミック論を論破する」と主旨は同じかと^^;

 

>ですわな様 、ちはー、いつもありがとうございます^^

え~と、おそらくですが、それはギミックというより「キャラクター」ではないでしょうか?

メタル(だけではないですが)、ロックとファッションは密接な関係があり、メッセージを伝える重要な視覚による表現方法の一つです。

メタル世界観を表現するために、ステージングを含め、敢えてオドロオドロシイ意匠にしたりしますよね。ですから、さまざまな視覚表現はメッセージのメタファーであり、ギミックの操り人形ではない「キャラ」ということになるかと思います。

ただ、「ばかっこいい」という、なぜメタルは演出に凝りに凝ってしまうのか?という視点は、結構、考察すべき新しい論点であることは間違いないと思います。

なんか、演劇論にも通じるなんか共通性があるような気がしますね。

 

>444様、はじめまして^^

考古学と系譜学的にですかぁー

日本の芸能界についてはあまり詳しくはないんですよね><

少し考えさせて下さいませ、いつになることやら(汗

 

 

 

 

※追記:ここに書いてた筆者のコメントというかグチ2行w、消し忘れだったので削除w

    いや、ホンマ文章、長いだけでへたっぴーなんですよねー><

    短い端的な文章、憧れるわ~、森鴎外的ぃ~な文章、ダイスキーッ

 

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