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BABYMETALの謎を解く

妄想で突っ走ってます!(◎_◎;

BABYMETAL論理学講義、、、ってなんやねん?

謎解きシリーズ

えー、前の更新から間が空いてしまいました。

といってもサボってたわけではなく、どーにも謎解きの新しい切り口が見つからず、やっとこさ思いついて書いたのがやたら長い上に難解になり過ぎて、うちのかみさんから「つまんなーい」「読む気しなーい」「ベビメタちゃんが最初に出てこなーい」との連続攻撃で敢えなく撃沈。( `д´)キーッ

 

でもしょがないのでそれを再編集して載せることにします。

え~、なおいつにもましてヘリクツこねくり〝倒した〟ただの読み物なんで、ホントつまんないですからねー!感動するとこ全然ないですからねー!( `д´)ウキーッ

※7800文字以上あるので目の疲れにご注意!

 

BABYMETAL論理学講義

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2011年3月11日、東日本大震災は、東北地方と関東地方の太平洋沿岸部に壊滅的な被害をもたらした。しかしその直後から、とてつもない困難に直面してもなお苦難にじっと耐え、互いに支え合う被災者の方々の姿が次第に世界に伝えられた。

それは世界中の多くの人々に大きな驚きと感銘を与え、そして称賛と共感をもって迎えられた・・・

 

 

サテ、かなり唐突なオープニングで、「え!3.11とBABYMETALとどー関係あんの?」との疑問の声が聞こえそーです ← 筆者も内心激しく同意w(゜∀゜;)

でも、よくよく考えると、この時の被災者の方々がとった行動は、極めて日本人的な反応であり、世界でも珍しい日本特有の、というよりも世界でも唯一の文化からもたらされたものです。そしてそれは現在の混迷する世界において、輝かしい未来への希望の光をもたらす、他にはない唯一の考え方&感性であり、その世界の最前線に実は、BABYMETALは立っているのではないか?ひいては今から30~40年後に予想される壊滅的な状況を避けうる一つの答えになるのではないか?

そー、大げさに筆者は(思い込んでw)妄想してみたのです。ふぅー、長い文章~

つまり、

BABYMETALはリアルに

世界を変える可能性と力を持っている!

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それが今回の「お題」です。

先ずは東西の、というか西洋的な文化と日本の文化の違いを、それぞれ分析することろから始めたいと思います。

 

日本文化の考え方と感性

サテ、冒頭で触れた通り、自分の感情と利益を優先しても決しておかしくはない、3.11直後にあってさえ、被災者の方々が自分の感情よりも他の人のことを考え、互いに助け合う姿ですが、それは私たち日本人にとってはさして違和感のない行為です。

これは3.11だけではなく、先の阪神淡路大震災やその他の災害でも普通に見られた日本人の自然な行為です。

※もちろん個々の人で見れば利己的な人もいますし、反社会的な傾向を持つ人もいます。がしかし、全体的な傾向としては、自己の利益のみ追求することに関しては極めて抑制的になり、社会的存在としての責務を果たそうとする傾向が強くなる、ということですね。

 

しかながら世界では、(報道で知る限り)何か壊滅的な災害等が発生すると、被災者が号泣している場面がニュースで流されたり、あるいは掠奪・暴動・レイプなど暴力や犯罪的行為が報道されます。※もちろんそうではなく互いに助け合う人々も多いかと思います。

したがって、

人間は何か危機的究極的な状況に追い込まれた時、人は本能にしたがい、

 自己の感情と利益を真っ先に優先して行為を選択する

との認識が世界の方々にとっては一般的のようです。

 

だからこそ、世界の人々にとって、日本人が危急の際、思わず利他的ともいえる行為をしてしまうことは思ってもみなかった驚きであり、そんなにも日本人と海外の人では根源的な部分で「考え方&感性」が違っている、それどころかまったく正反対で180度違っているのだ、といえるかと思います。

サテ、そこで日本人が思わずとってしまうこの利他的反応を引き起こす「考え方&感性」と、それを培った「背景」を推察してみたいと思います。

 

考え方・感性

先ず、この日本人の持つ考え方・感性とは何か?といいますと、端的にいえば、

「集団に対する帰属意識を中心として(ついつい)考えてしまう感性」

さらに言い換えるとしますと

「集団という〝場〟において、自分の能力を最大限発揮することにより

 自己実現を図る集団主義個人主義

であるといえます。

 

 いわゆる日本的集団主義で、集団と個人を対立させて考える考え方ではなく、あくまでも集団の〝場〟という条件において〝自己〟が存在し得る、という集団と個人の相互依存関係を重視した考え方・感性です。

※これが高度成長を支えた終身雇用制に基づく日本株式会社であり、護送船団であったり、成果主義ではなくその努力を評価する等、の文化ですね。

高校野球なんかまさに日本的集団主義養成機関、プロトタイプって感じでしょう。

もちろん、滅私奉公とか会社人間、あるいは長時間労働や過労死などの弊害もありますが、それに関しては後段で触れます、、たぶんw

 

背景

この考え方・感性が形成された原因については、農耕民族であるとか、島国だから、災害が多かったから他、いろいろ言われていますが、筆者の個人的な考えとしては、江戸時代において強く形成されたのではないか?と考えます。

 

というのも、江戸時代の初期、士農工商の職分による身分制が採用されましたが、その導入の理論的補強をしたのが、徳川家の家臣でその後出家した禅僧、鈴木正三の職分仏行説(萬民徳用)という論書です。

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この職分仏行説とは「出家修行だけが仏になる道ではなく、世俗の職業生活を精一杯行い、その日常生活の中で自分の心を見詰めることこそが仏行である」という理論で、これは西欧のプロテスタントの世俗倫理が近代社会の基礎を作ったことと同様の役割を果たしたと評価されています。もちろん同時に徳川幕府の身分固定政策の先鋒となり、封建秩序を作るものだとの批判もあります。

※以上『反・仏教学 仏教vs倫理』末木文美士著/ちくま学芸文庫刊より参照・要略)

 

しかし、そういう評価や批判とは別に、日本人の心にその人が帰属する職分=社会(グループ)において「精一杯努力するという姿勢が評価される文化が出来上がったことは確かです。

 

爾来、その個人の努力に対して、所属する社会は結婚から住居まで終生生活できる保障を与える習慣が(全体的な傾向として)できたわけです。

 

むろん、戦後、ことにバブル期以降は、欧米の個人主義が浸透し格差が激しくなってきたり、ブラック企業が増えてきたり、あるいは年棒160億とか10億とか意味分かんな~い現象もあります。

それでもまだ、今でも災害など危急の際、思わず自己よりも全体を優先して考えてしまうという、利他的反応となって顕れるわけですから、多くの市井の日本人にとって、古来の文化(考え方・感性)は脈々とその内面に息づいていることは間違いありません。

 

以上、ここまでが日本人の文化(考え方・感性)についての筆者独自の見解です。

※えー、ここまで誰か読んでるかしらん。BABYMETALはいつになったら出てくるんじゃー!( `д´)キーッ

ってな感じですがー、え~、たぶんそのうち出てくると思います( ̄▽ ̄;)

 

ジャック・アタリ氏の考え

サテサテ、ここで唐突ではありますが、

先日、6/30読売新聞に、フランスの経済学者ジャック・アタリ氏のインタビュー記事が載っていました。

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それを紹介しながら、西洋的な考え方について個人的な見解を述べてまいりたいと思います。

先ずは以下、一部抜粋から。

 

私は世界の行方に関心がある。

欧州に代わって戦後、世界を主導してきた米国が相対的に衰えている。

もはや単独では世界の問題に対処できない。(中略)

中国が米国に取って代わることは考えられない。中国は周辺支配の欲望をあらわにし、日本との緊張が増幅しよう。露シベリアに領土的野心を抱き、中露戦争を引き起こす恐れもある。ただ、中国の野心は周辺に限られる。歴史的に見て中国に世界的な使命感はない。(中略)

米国の衰退に伴い世界は更に多極化する。10か国ほどの主要国が秩序作りに努めるだろうがうまくいかず、「Gゼロ」に向かう。

〈「Gゼロ」は近年、米政治学者イアン・ブレマー氏が提唱している概念として知られる。米欧の衰退で、国際秩序に責任を持つ国家がなくなる事態を指す―原注〉

市場の力がますます拡大し、世界は一つの市場になる。

だが、それを監督する「政府」はない。法治は利かず、犯罪的な経済が幅を利かせる。失業はさらに増加し、不平等は拡大し、世界は混沌に陥る。民主主義は無力になる。

その後、国家と国家、または国家と非国家集団の戦争が世界で起き、人口大移動が起きた末に民主的な世界秩序に行き着く。あるいは、世界戦争に至る前に人々が私利私欲ではなく、利他主義の利益に気付いて民主的秩序作りに向かう━━。

これが私の描く「未来の歴史」だ。━━以上、引用おわり。

 

なんとも嫌な予測ですが、今のところ、実際に世界はこれに沿って進んでますよね。

うろ覚えなんですが、確かアタリ氏は上記を5つの段階に分け、最終的な、利他主義に基づく民主的秩序世界の構築は、2050年か2060年頃に予想していたと思います。

※なおアタリ氏はこのインタビューの結論で、欧州統合を成功させることが未来世界の民主的秩序を実現する証明になるのだと結んでいます。これは想像なのですが、アタリ氏のこの主張は、「裕福な欧州の国(の人々)が貧しい欧州の国(の人々)に、連邦政府を通じて富を再分配する」という形態を指しているのでしょう。いわば欧州内国家間における社会主義という感じでしょうか。ただそのことに関し、現在のギリシャや英国等の独立派を考えても「人々の心そのもの」自体を変えるのは容易でないことが理解できます。 

 

時期はともかく、最後の「人々が私利私欲ではなく、利他主義の利益に気付いて民主的秩序作りに向かう」という点に(僅かなw)希望があることは間違いないですね。

 

サテ、そこで筆者がちょっと引っ掛かった点は「人々が~利他主義の利益に気付いて」の「人々が」と「利他主義」というところなんです。

①果たしてどうやって「人々が」それに気付くことができるのか?

②またそれはどういう「利他主義」なのか?

この2点なんですが、本当に実現できるのか?はなはだ疑問を感じます。

 

なぜかというと、

①で「人々が気付き変えなければならない」と指摘されていることとは、実は数千年に及ぶ歴史・文化・思想を通じて人々の心に染み込んだ、基本的な「考え方と感性」のことであり、よほどの出来事がなければ容易に変えられるものではありません。

すべての人々の「心そのもの」を変えることの困難さは、キリストやブッダら数々の歴史の偉人たちでさえ達成できていないことからも明らか。

それこそ世界中のすべての人々が心の底から「この苦境から逃れたい!」と望まなければ到底到達することは出来ないでしょう。しかもすべての人々が苦境にいるわけではない。

人々の考えや心の状態はすべて違う。違う、違う、あれどっち~♪ アレ?←これ違うw( ゚∀゚)アハハ

と、ともかく世界が混乱に陥り、世界戦争が起こることが前提であり絶対条件ならば、それは「何もしない」ということと同義となってしまう。。。そういうことだ。

 

また②の利他主義についてですが、

現在、世界でスタンダードになっている自由と民主主義の考え方は、すべて欧米の文化が数百年かけて作り上げてきた個人の尊厳という個人主義に基づく概念です。

基本的に、個人主義の概念はエゴや私利私欲に基づく利己主義とは異なりますが、実際、それが社会に適用されると【結果的に】利己主義の形として現れてきます。

たとえば、世界を席巻するヘッジファンドなど(自由)市場経済はこの個人の尊厳に基づく考え方から敷衍された考え方ですが、これによる利己的な結果が格差の拡大、ひいては貧困による民族主義の台頭や紛争など世界を混乱させている要因ともなっています。

 

つまり、(欧米の)個人主義に基づく自由と民主主義の考え方にはどこか欠陥がある、ということをこの事実は示しているということです。

また、そもそも当のアタリ氏自身が、ことさら利他主義がキーポイントだと強調しなければならないこともまた、西洋文明の個人主義に基づく考え方・感性に欠陥があることの証明に他ならないわけです。

 

以上のことから、筆者のアタリ氏の主張に対する結論は、欧州統合~連邦政府というシステムの構築だけでは、人の考え方や感性は根本的に変えることは出来ず、利己主義を超えることは出来ない、ということです。

したがって、(欧米の個人主義の考え方のままでは)決して紛争や戦争は無くならないと、筆者は推察するのです。。。

 

❤❤❤まだまだいくよー❤❤  川。◕◡◕。川  でふっ

 

日本型個人主義集団主義が唯一

世界を変える力を持つ

以上のことから、筆者は、日本が培ってきた考え方・感性こそ、究極の利他主義の世界を構築する可能性がある、

集団(グループ・組織)と個人を対立した存在と考えるのではなく、相互依存関係で成立していると捉えること。能力のあるもの・そうでないものそれぞれに適した〝場〟で、精一杯の努力こそ評価され、それぞれがその姿勢をリスペクトする。

そういう考え方と感性。

 

むろん、具体的な社会的システムやビジネスモデルを考案することも重要だけれども、それ以前に、この400年間世界を支配している西洋的な論理に基づく考え方・感性とは別に、新しい考え方が世界の〝場〟に導入されることがより重要な未来の分岐点となるのではないか。

そう考えるわけですね。

 

BABYMETALという論理学

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そこでやっとBABYMETAL。( ̄o ̄;)ふぅ~

 

BABYMETALは、まさに日本文化の考え方・感性に基づいた存在です。

しかし海外の方は(日本通の方でない限り)この考えと感性を理解できないんですね。

 

それを、次のインタビュー動画を参考に解読してみたいと思います。

www.youtube.com

【意 訳4:36~の部分。なお英語苦手なので誤訳可能性大

質問「どうしても知りたいんだけど、あなたたちは自分で曲を書かないの?」

すぅ「NO

質問「それはちょうど音楽と(自分を)取引してるように見えるんだけど」

すぅ「NO

続いて質問者が、だれがBABYMETALの曲を書いてるの?と聞いて、

もあちゃんが〝4の歌〟を作ったことを述べます。

 

【意 味】

ここではインタビュアーが、

・「楽曲を作る人=ミュージシャン」と考えて質問しているのですが、

しかし、すぅちゃんやゆいもあちゃんにとっては誰が楽曲を書こうと、BABYMETALの曲を表現しているのはSu-METAL・MOAMETAL・YUIMETALであり、

・当然彼女たちにとって「BABYMETAL=Su・YUI・MOA」なのですから、

質問と答えがかみ合っていない、といよりもそもそも質問が間違っているわけです。

おそらくこのやり取りだけでは、このインタビュアーの方は、すぅちゃんの「Noに込められた意味はわからなかったでしょう。

なぜなら、日本的な考え方・感性を知らなければ理解できようはずがないですから。

まぁ~、インタビュアーの方も、すぅちゃんの超絶可愛いNo♡と笑顔とahaha!を前に、真顔が真っ赤っかになっちゃってるわけですがw

 

【分 析】

サテ、ここでのインタビュアーの質問の要旨は、

楽曲を自分たちで「作っているのか?」または「作っていないのか?」の二択です。

この「Aか?Aでないか?」という文章は西洋論理学の世界では、排中律といいます。

ここではYESかNoしか答えはありません。

しかし、何れの問いもすぅちゃんはNoと答えます。それを文章に超訳すれば、

「作っているのでもなく」同時に「作っていないわけでもない」※1

という論理になります。

実はこれ、西洋論理学の世界にはない東洋独特の論理なんです。(詳細は※1参照)

そしてこれを他に応用すると、見事にBABYMETALのコンセプトすべてを説明することが可能となります。たとえば、

「アイドルでもなくメタルでもない」それはKawaii+METALだ」あるいは、

「会社にやらされているというのでもなく、やってあげているということでもない」

これなんかまさに、日本の「利他の精神に基づく自己実現=日本的集団主義」の概念を表現してるわけですよね。

 

ですから、西洋論理学の世界に住む人々は、もともとそういう論理に基づく発想や考え方が存在しませんから、したがって海外の人たちにとってBABYMETALは、今までのバンドやミュージシャンの概念では到底理解不能の存在であり、でも結局何か惹きつけるものがあるものだから「BABYMETAL現象」としか表現し得ないわけです。 

 

※1>「作っているのでもなく」同時に「作っていないわけでもない」

ことに後者の「作っていないわけでもない」は、否定のさらに否定になっていますから、西洋論理学では二重否定は肯定に置き換えられますので

「作っているのでもなく」同時に「作ってもいる」という文章になり、

これは矛盾するため、矛盾律というわけです。

ややこしくなりましたが、これはちょうど真のメタル論争やギミック論争も当てはめるとよくわかります。

西洋論理学の考え方からすると、

「真のメタルか?真のメタルではないのか?」

「ギミックなのか?ギミックではないのか?」

という発想しか出てこないんですね。それ以外が出てこない。だから、

「アイドルでもなくメタルでもない」という論理が理解できず、したがって、それは「Kawaii+METAL」だという概念が認識できないわけです。

なお、日本でよく、BABYMETALは

「アイドルかアーティストか?」あるいは「アイドルかバンドか?」

という議論にハマってしまう方々は、実はすでに西洋論理学の世界に住んでいる、ということになるわけです。(別にそれがおかしいということではありません。明治以来、日本は西洋化を推し進めてきたわけですので)

 

BABYMETALは、

日本と世界の文化が衝突する最先端に立っている

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すぅゆいもあの三姫とKOBAMETAL・KAMIBANDらチームBABYMETALは、

アミューズという〝集団〟からセッティングされた〝場〟において、その持つ能力を十二分に(というか120%の)精一杯の献身ともいうべき姿勢で務めを果たす。

 

ことにすぅちゃん・もあちゃん・ゆいちゃんの三人は、まだ中学生のときから過酷なツアーをこなし、ときには倒れかけ、あるいはお面を顔にぶつけ(られw)旗芸!をしながら、これでもか!という程の献身さと純粋さを魅せつける。

 

その献身的な姿と利他溢れる純粋な心は、

言葉の壁を超え、異文化の海外の人の心をも動かす。

そしてドラッグをやめた、あるいはそれまでの生活を改め

世の中のためになることをしたい等、利他の心を芽生えさせる。

 

人の心を動かし変えるのは、政治でもなく経済システムでもなく、

また活字やモニター上の言葉でもなく、まして強制などでは決してない。

人の心を動かし得るのは人の純粋な心だけ。

 

BAYMETALはまさに直接、市井で生きる人々の心に働きかけ、

根本的な変革を促す力を持つ。

したがってBABYMETALは世界を変え得る力を持つ。

 

これほどの世界の多くの人々の心と考え方に影響力を持つ、

日本人は他にいるだろうか? 

 

 

 

 すーぱーもあちゃん・・・

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    (`・д・)ノ*:..。o○☆ Happy birthday to you ☆○o。..:*ヽ(・д・´)

 

 

 

 

 

 

 

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