BABYMETALの謎を解く

妄想で突っ走ってます!(◎_◎;

「悪夢の輪舞曲」「BABYMETAL DEATH」歌詞独自解釈

[文字数:約5000文字]

 

黒ミサ~、Zeppぅ~、、、( ̄_ ̄ )トオイメ…  

サマソニぃ~、、、行こうと思えば行けたんだけどなぁ~…

でも間違いなく夫婦二人して倒れてたろし…。

これが30年前だったらなぁ~、、、 ε=( ̄。 ̄;)フッ

とにかく今の若い人は幸運だ。

なんてったって体力気にせず、リアルタイムで時代を体感出来る。

お金なんかなんとかなるもんだし。

 

 

え~、休刊中とはいいながら、少しだけ〝ネタ〟思い付いたので更新します。

今回は歌詞の意味をこじつけ、、じゃなくてw、少し考えてみました。

※なおいつもの如く、思い込みによる独断&妄想記事です。作詩者やKOBAMETALの意図、一切考慮してナイです…(゚∀゚;)タラリ

 では開始~

 

 

ご存知の方も多いかも知れないが・・・

米国社会はキリスト教を中心とした厳然たる宗教社会だ。

近年では科学的合理的な考えを持つ人も増えているかも知れないが、しかし神の存在を身近に感じ、魂の救済を求める人々は決して少なくはない。

だから、今でも教会は魂の拠り所として、牧師は導き手として社会の重要な位置を占め、大統領選では神への信仰を吐露しなければ十分な支持は得られず、また大統領就任式でも裁判でも聖書に手を置き誓いの言葉を述べる。

それほど米国社会の一般的な人々は、私たちが思ってる以上に「篤い信仰心」というものを持っているということであり、それは同時に信仰心に基づく規範=暗黙のルールが社会的に存在し人々を規制している、ということを示す・・・

 

* 

 

相も変わらず唐突な出だしですがw

メタラーの方はすでにご承知かと思いますが、このキリスト教による規範意識(※まぁ、平たくいえば「戒律を守る」ということですね)とメタルは大きな関係があります、というか、これによってメタルの世界観が構築されているといっても過言ではありません。

 

そこで筆者はベビメタの楽曲の中で、「悪夢の輪舞曲」と「BABYMETAL DEATH」がもっともメタルの世界観を表している曲なのではないか?と推察してみたわけです。

以下、順を追って独自解釈したいと思います。

 

「悪夢の輪舞曲」

― アンチテーゼとしてのメタル ―

 

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まず、キリスト教とは何か?をざっくりいうと、唯一の神と契約し最終的に神の国(天国)へ生まれることを目指すわけですが、そのためには、

「神が決められた戒律を守り、神の御心に沿うように、自分の心の悪(罪)に対して

 自由意志の力で立ち向かい、神の御心のままに生きる」

ことが要請されるわけです。

だから、米国ではウォール街の住民のような人もいますが、しかし慈善活動や募金活動に個人的に寄付したり参加する人が多く見受けられるのはそういう理由が根底にあるからですね。

つまり、米国社会では、社会全体として見ればキリスト教の善と正義に基づく規範意識を持つ人々が多数派を占め、それが社会ルールを形成しているわけです。

 

しかしながら、いくら神の御心に沿う善や正義といっても、それを実際に具体的な形に表すのは人間の判断によります。 だからそれが絶対に正しいかどうか?はわからない。

しかも、その〝人間の判断〟が一部の支配者層によって恣意的に(権力者に都合のよいように)決められ、方向付けられたものだとしたら?

 いや、それよりもそもそも、

「〇〇しなければならない」「 〇〇であるべきである」

と強制されたものは本当に自分の自由意志だといえるのかどうか?

 

「エライ人がこういったから」「みんなが言ってるから」「TVや新聞に書いてたから」

そして、

「聖書でキリストがこういってたから」

 

愛だ!善だ!正義だ!利他心だ!といったところで、それが「こうせよ!」と押し付けられたものだったとしたら、それは果たして真の自由意志といえるのか?

誰にでも同時に存在している負の心(怒り・憎悪・嫉妬・悲しみ・利己心)を直視しなければ、本当の自分の意志というものにはなり得ないのではないか?

 

まさにこれこそが既存の概念に対するアンチテーゼとしてメタルが主張してきた、

新しい世界観の提示=「真の自由意志による世界の構築」なのです。

 

先日のサマソニでのマリリン・マンソンの聖書を燃やすパフォーマンスなんて、まさにそれの象徴的な行為でしょう。キリスト教徒が少ない日本人にはあまりピンときませんがw)

https://twitter.com/superape3/status/632933812733743104

※ちなみに70年代初めアリス・クーパーオジー・オズボーン(ブラックサバス)が、最初にこのメタルの世界観を提示した。それは当時、世界的に広がったベトナム戦争反戦運動のフラワーチャイルド(ヒッピームーブメント)=愛と平和のスローガンに対し、その偽善性を主張したもの。いっちゃえば「人間ってそんなんじゃねーだろ?もっとドロドロしてんじゃねーの?だろ?悪魔~、血~、憎~」(注:筆者の個人的見解w)

 

 

しかしながら、世間のジョーシキというものは非常に強いものです。

右を見て左を見て、みんなが道を渡っているから私も渡ろう・・・

それが普通の感覚です。

日本もそう。

おそらく世界のどこでもそうでしょう。

極東でも、中東でも、欧米でもどこでも盲従が人々を動かしている。

そして再び歴史は繰り返し、悪魔はほくそ笑む。

 

だからこそ、人は周囲の言葉や世間のジョーシキに盲従することなく、また決して自分の心の闇を無かったものとせずこれを直視して、その存在をも〝自己〟と認めつつ自分の意志で立ち向かう。

そこにこそ、メタルの世界観が示す主張=真の自由意志がある、と推察するわけです。

 

 

悪夢の輪舞曲 超訳

◆青=原詩 ◆赤=超訳 ◆黒=解説

 

はびこる狂気 笑い声 響き渡り 牙をむいて 目を光らせてる

逃げられない

 

人々を覆う常識。

それは知らぬ間に忍び寄り狂気となって、思考を奪い去り自由意志を奪う。

誰も逃げられはしない。

 

ゆらゆら揺らめく 心に見え隠れ 悪夢の輪舞曲が 繰り返されている

目覚めの光は 遥かかなた 見えなくなり 

ただ走り抜ける 闇の中を

 

この常識(狂気)は人々(あなた)の心をずっと支配してきた。

真の自由意志という希望は、あなたの心が狂気に支配されている限り、近くにはなく、見えもしない。

そしてあなたは出口のない闇の中を希望もなく、もがきながら走り続けるしかない。 

 

もうここから出られないのなら 貴方の姿を見せてはくれないか

 (もがく当人のセリフ)

この狂気の束縛から解放されないのなら、

貴方(真の自由意志)の方から、姿を表して私を解放してくれないだろうか?

※この部分の解説:自分を直視せず、自分自身で自分の狂気を作り出し、自由意志を遠ざけているのだから、真の自由意志が向こうから勝ってにやって来るはずはない。

だから、次の詩の通り、闇は永遠に続きあなたは墜ちていくことになる。

 

ゆらゆら揺らめく 悪夢の輪舞曲が繰り返されている

目覚めの光は 遥かかなた 見えなくなる

ただ墜ちていくの 闇の中へ

 

結論:この曲のテーマは、自分の中の狂気(常識)という闇を直視しない限り、真の自由意志は実現しない、永遠の闇の中である。

したがって、狂気を直視しろ!という極めてメタルな曲である、と推論するわけです。

 

え~、ちなみにメタルっぽく表現すると、、、

そりゃ、墜っこちるに決まっとるわ!それがオメーだよっ!

さっさとメタルに目覚めて、自分に向き合えやっ!怒怒怒怒怒

って感じでせうか?

 

 

 

「BABYMETAL DEATH」

      ― 不都合な真実から目を逸らさない ―

 

ご承知の通り、 この曲はBABYMETALの紹介曲で、

「DEATH」は日本語の「~です」ですね。

しかし、この「DEATH」を文字通り「死」と解釈すると非常にメタルな歌詞となります。(これもすでに周知のことかと思いますが敢えて〝突っ切り〟マス!)

 

 

さて副題に「不都合な真実から目を逸らさない」と掲げましたように、人間にとって「死」は一番不都合な真実です。

人は生きているからこそ、喜びや楽しみ、物事に意味を見い出し、また自分の存在そのものの価値を自覚することが出来ます。死んでいたら、喜びも楽しみもありません。

死んで自覚してたら、それはオバケ~ですね^^;

なにごとも生きているからこそ、であるわけです。

 

 

しかし、「死」はおぎゃ~♪と生まれたものには必ず訪れるものであり、決して避けることはできません。

生まれたからには必ず死ななければならない。

すべての生命は必ず「無」に帰す。

 これほど不都合な真実はないでしょう。

 

 

すべては「無」に帰すのになぜ生きるのか?

それほどの一大事が後に控えているのに、それを無視していいものなのか?

必ず来る「死」を厳然と見詰めてこそ「今この瞬間を生きる」本当の意味と価値を自分に問いかけることが出来る。

この不都合な真実から目を逸らさず、真正面に向き合ってこそ、本当の自分の人生を構築し、生きることが出来る・・・

 

 

とまぁ~、一般的なよくある話で申し訳ないのですが、前節と同様で、メタルの世界観を突き詰めるならば、この「死」は避けて通れないということなのです。

ですから、「BABYMETAL DEATH」という曲は、単なる紹介曲というだけでなく、「死」と受け止めるならば、冒頭からの「DEATH!DEATH!DEATH!・・・」の連続は、その優れた楽曲とあわせ非常にストレートなメッセージとして迫ってきます。

 

ある意味、「死」というテーマでは悪夢の輪舞曲よりもダークで、より人間の生の本質に迫る曲ではないか?と思うわけです!

そうするとここからあることが見えてきます(と筆者は思い込んでるw)

 

 

BABYMETALの曲には、ドキモやウキミ、あるいはギミチョコにしても今回のあわだまフィーバーにしてもまさに「生の喜び・楽しみ」を歌っている曲があります。

それらの曲は、まだ十代の彼女たちのフィーリングに当にマッチする曲でもあります。

その感覚は、社会の中でいつの間にか日常に流され、同じことの繰り返しに感覚が麻痺してしまい、新鮮な感覚というものをどこかに置き忘れてしまった私たち〝大人〟が失いかけた感覚でもあります。

いつの間にか、今を生きていることを忘れてしまい、毎日がルーティンワーク化し、まるで毎日が流れ作業のようになってしまう。そして、年を重ね、何も考えることなく、あるいは過去のことを思い出し、ボケてしまうw

 

 

いってみれば、生きながら、少しづつ精神が死んでいくようなものです。

あるいはすでに死んでいるか。

 

 

私たちは、いつか訪れる「死」を真正面から見据えることによってのみ「今この瞬間の生」の意味と価値、そしてそこから生ずる「二度と訪れない、一期一会の喜びと楽しみ」を噛み締めることが可能となる。

 

 

不都合な真実を見据え、今を生きること。

即ち「現在の生」を満喫することに他ならない。

 

「BABYMETAL DEATH」、即ち「ドキモ・ギミチョコ・ヘドバン~」であり、

「死」の指し示す意味、即ち 他の楽曲の歌詞の「生」であり、

それらすべてがBABYMETALによって体現される。

 

だからこそ、

まだ十代のSu-METAL・MOAMETAL・YUIMETALの3人が表現する、活き活きとした生の躍動感に私達自身の心は共鳴し、言葉にならない感銘を受けるのだ・・・

 

 

 

そう思ったわけです、、、チィーン♪ 

 

 

え~、イジョーDEATH!! (゚∀゚;

 

 

 

※ついでですが、実は筆者がBABYMETAL DEATH を聴いて最初に連想したのが、映画「指輪物語」のこの場面。

サウロン軍の大軍の前に、ローハン国のセオデン王が率いる少数精鋭の騎馬隊が突撃するのですが、その前に「DEAD!」と連呼する。

セオデン王は、この圧倒的な不利な戦いが始まる前にサルマンの魔法により生気を失い死にかけていたがその魔法が解け、そして「生」のためにこの「死の戦い」に臨んだ。

 

 

 

 

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