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BABYMETALの謎を解く

妄想で突っ走ってます!(◎_◎;

BABYMETALは30年、時代を先取りする

謎解きシリーズ

ひさびさの更新DEATH!

相変わらずベビメタ情報、さっぱり追いついてないので、取り敢えずつらつら徒然なるまんまに綴っていこうかと思います、、、そのうちなんか出てくるでせうw

※追記:え~書き終わってみたら、結局、内容が部に分かれましたw

文字数も多いので、おヒマなときにでも読んで頂ければ幸いです!

なお、ご満足いただけるかどうかは保証の限りではありませぬw

あとカテゴリ分類は気分次第なんですが、今回は謎解きにしましたw

 

 

 GARY NUMAN

 

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まずはマリリン・マンソンおじさん。

 

 

 

で、そのマリリン・マンソン。 

YOUTUBEで検索してたら、ゲイリー・ニューマンの曲をカバーしてたんですねー!

知らんかった。

 

年配のロックファンの方はご存知かと思いますが、ゲイリー・ニューマンは80年代初頭、ダーク&ヘビー、かつその唯一といってもいい独特のエレクトロニカルなサウンドスタイルで次々にヒットを飛ばし、一躍世界のメインストリームに躍り出ました。

 

ゲイリー・ニューマンといえばCARSですが、この曲をいっちゃいましょう。(追記:スタジオ版が削除されていましたので、Live版に差し替えました) 

 

当時は、その楽曲が醸し出す雰囲気・創り出す不可思議な空間が心地好く、よく聴いていたのですが、現在のインダストリアル・メタル/ロックに影響を与えたり、EDMの先駆けになったというのは、今になるとよく理解出来ます。

95年、マリリン・マンソンがdown in the parkをカバーして再注目され、以来、ナイン・インチ・ネイルズとツアーを帯同するなどしているようです。

 

※その down in the park の原曲がこちら。 

 

 

なんでしょーねー、この浮遊感。

静寂感といったらいいのか、アンビエントな感じもありますね。

 

次のピアノバージョンなんかとてもふつくしいー!

どこか心に沁みて涙が出てきそうな気もします。

たしか幼少期はクラッシックを学んでたと記憶しています。

 

 

 

しかし、歌詞を見ると相当病んでますw

それもそのはず。当時から内面的な問題を抱え、それを表現したものがそれら作品群だったのですから。

 

※訳詞はこちら↓参照

訳詞『ダウン・イン・ザ・パーク』 ( 洋楽 ) - 人生は野菜スープ(または毎晩午前0時更新の男) - Yahoo!ブログ

 

 

しかしながら、照らし出された明るい陽射しの裏には必ず影があるように、人間であるかぎり、誰しも必ず自分の心の内側に隠された部分が存在します。

 

ない人はいない。

利己的・貪欲・怒り・嫉妬・差別・苦悩…etc

強弱はあれど、人間の脳と心を持つ限り、マザーテレサのような聖人でない限り、必ず矛盾する心の部分を持っている。

 

 

それをなかったことにせず、開き直ることもなく、えぐり出し、直視する。

己が暗闇を、直視することによってはじめて、燦然と輝く太陽の光の存在と、その真の価値を人は知ることができる。

その光と影の極限を表現する人たちがアーティスト=芸術家なのでしょう・・・

 

 

つまり、ゲイリー・ニューマンの歌詞(メッセージ)の極め付けのダークさが、マリリン・マンソンを惹きつけた最大の理由であることは間違いのないところかと思います。

 

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もちろん、その音楽性も特筆すべきものです。

 

ゲイリー・ニューマンが創り出した初期作品のサウンドのヘビーさが、インダストリアルメタルに影響を与える一方、エレクトリカルなミックスが、先進的な巨大都市空間の洗練された雰囲気とマッチして、現代のEDMを予感させる作品群となった。

 

※そーいえば当時、渋谷洋一が自分のNHKFM番組でゲイリー・ニューマンの新譜を紹介したとき、「グネグネしてる」とコメントとも言えないコメントをしていたように憶えています、、、←グネグネってなんやねん?(笑)

つまり第一線で活躍する音楽評論家にとっても、まったく新しい、20年も30年も未来を先取りする音楽スタイルは理解不能であり、正しい評価なんかできっこないってことですね。さらに言えば、せいぜい今流行ってる音楽やミュージシャンを過去のジャンルと照らし合わせてわかりやすく解説するぐらいってことでせう。

ま~、そこまで先を見通すことが出来て新しいスタイルを創造出来るんなら、手っ取り早く自らミュージシャンになったりプロデューサーになってるんだろうけれど。

※いちおー、念のためお断りしておきますと、評論家や情報雑誌・サイトそのものを否定してるわけではナイです。なんせそのどちらでもない一般視聴者は、そもそもそういう評論・情報雑誌&サイトが取り上げて紹介してくれなければ、広範な音楽情報自体に接する機会がなくなっちゃうわけですから。

 

 

要するに、ゲイリー・ニューマンもまた時代を先取りしたアーティストの一人であり、35年前の当時は、誰もその音楽的価値と未来を予想することができなかった、ということですね・・・

 

 えーと、そろそろベビメタの話につなげないと怒られそーw

 

 

部 

BABYMETALは30年、時代を先取りする

 

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サテ、すでにお気付きかと思いますが

BABYMETALもまた、時代を先取りした極めて先進的な音楽性を持つバンドであり、それはKOBAMETALという優れたプロデューサーの才能であると同時に、それを現実に表現可能としたSU‐METAL・MOAMETAL・YUIMETALという才能の結晶でもあります。

 

 

今現在、未だにその音楽性を正確に評価し、定義し、位置づけている音楽評論家・音楽メディアは、筆者の知る限り存在していないように思います。 

せいぜい「ライブが素晴らしい・バンドのコンサートではなくショーだ・ミュージカルに近い」等々、ライブのレビュー(感想)だけで、音楽性そのものを説明したものじゃ~ないですね。

 

 

なぜ説明できないか?

 

 

もちろん、20年30年、時代を先取りした音楽だからに決まってます。

だから、音楽界全体が進化しないと、BABYMETALの音楽性の「特殊性と革新性」は〝その時〟が来るまで誰にも分らない。

パートパートでみれば、ここはメタルだし、こっちはEDMっぽいし、手前の三人はアイドルだけれど、でも全体で聴いて観ると、何かが既存の音楽と違うし、何かが新しい。

言葉ではうまく説明できないんだけれども、何かが決定的に違う。

 

 

つまり、35年前のゲイリー・ニューマンと一緒ってこと。

渋谷洋一も当初FMで「グネグネ」としか表現できなかったように、

BABYMETAL

「未来の音楽」だってことなのです!

 

未来の、誰も経験したことのない音楽スタイルだからこそ、

新曲もCDも出さず、TV露出もなく、まったくのわずか1時間強のライブに惹かれ、

未だにあちらこちらの情報サイトで取り上げられ、新規ファンが増え続けている。

 

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みなその「新しい何か」を身体で感じ、

新しい時代の到来を予感しているのだ!

 

 

 

部 メッセージ性のアプローチの違い

 

第二部で、まったく説明できないと申し上げましたが、しかしながら、一つだけ説明可能な部分があるように思います。

それはゲイリー・ニューマンとの、つまり既存のメタルなどとの〝メッセージ性の発し方=アプローチの仕方〟の違いです。

 

 

既存のメタルはどこまでも、人の心の闇=人間の生の「負の側面」を直視したメッセージ性を持つのに対し、BABYMETALは基本的に人間の生の「正の側面」を主としたメッセージ性を持ちます。(悪魔の輪舞曲、新曲等、一部楽曲を除く)

 

 

実際、ゲイリー・ニューマンの楽曲の歌詞なんかまともに読んで聴いてたら、鬱陶しい気分になること請け合いですが、しかし、BABYMETALの楽曲はとにかく聴いていて、心が楽しくなる。

とにかく日常で何か嫌な事があって心が欝々としていても、BABYMETALを聴いた瞬間、心から負の感情が一掃され、心がクルっと引っ繰り返って明るくなっていることに気が付く。まるでゴシゴシとブラシ掛けをされたように。

 

ライブ映像なんか観てると、ふと気が付くと顔がニヤニヤしてる。

なかには「性格が変わった」「寛容になった」「人生が変わった」という人までいる。

 

 

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どういうことか。

 

つまり、BABYMETALを観ていると、心が負の感情から一気に正の感情へと転換され、その影響でそれまでこだわっていた事柄が客体化されて、その負の感情そのものが「自己」とは切り離されるという現象が起きる。

 

 

つまり、負の感情の視点からの過剰なこだわりが少なくなるということを示します。

その結果、周囲の出来事やものごとを客観視できるようになり(つまり心に余裕が出来てより広い視点でものごとを観察することができる=鷹揚になるため)、周囲の出来事や他人(ひと)にやさしくなり、「人生が変わった」「寛容になった」という現象につながっているのだと思います。 

 

これは今までのメタルとはまったく正反対のアプローチと言えるでしょう。

 

 

では、第一部で述べた「自分の心の闇を直視する」というメタルのメッセージ性とは矛盾するのではないか?という疑問が生ずるかも知れません。

しかし、実はBABYMETALを知れば知るほど、聴けば聴くほどに、メタルのこのメッセージ性が実生活においてストレートに影響を及ぼしていることに気が付きます。

 

 

どういうことかと言いますと、

BABYMETALのメッセージの核心部分は「THE ONE」「イジメ・ダメ・ゼッタイ」にあるわけですが、もし日常生活で心の負の側面を揺り動かす事態に遭遇したとき、  BABYMETALや三姫に深く共感している人ほど、〝ついつい〟そのメッセージ性に基づいて、どのように心を使うべきか?ついつい(無意識的にでも)判断し選択してしまうということです。

 

つまり、マイナスの感情にそのまま身を任せるか?あるいは冷静に客観的に物事を観て、正の感情に基づく判断するか?そういう選択ですね。

そういう二者択一の心の選択を迫られるということは、逆に言うならば、自分の心の負の側面(利己的な部分)を直視しているということに他なりません。

 

 

もしも直視していなければ、まったく関係のない他人の振りをしたり、心の赴くままに感情を爆発させたりするわけですから、このBABYMETALのメッセージ性に基づいて、意識的にでも無意識的にでも、自分はどうすべきか?と判断するということは、自分自身を客体化して観察しているということになるのです。

 

 

その結果、BABYMETALのメッセージ性に共感した重度wのモッシュッシュメイトは、「性格が変わった」「寛容になった」「人生が変わった」という実感をともなうことになるわけです。

したがって、メタルのメッセージ性は確保されており、ただアプローチの仕方がより効果的になった、といえるでしょう。

 

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サテここで、

・何故既存のメタルのメッセージの発し方から、BABYMETALのようなメッセージのアプローチの仕方が登場したのか?

・そしてそれが何故多くの文化や年齢、性別や音楽的嗜好の異なる人々に受け入れられたのか?

 

という疑問が次に湧いてくるわけですが、これについては比較的簡単で、考えるに、おそらくこの20~30年の間に、それだけ時代が悪くなったということでしょう。

 

 

現代は、世界的に飢餓や病気こそ減少しましたが、格差による貧困が数十年前より、一段と進んでいます。富裕層と貧困層の固定化・二極化が進み、貧困層から抜け出す可能性が見いだせない人々にとって、来るべき未来は総じて悲観的なものです。

そうすると、どうしても明るい希望や気分を心にもたらしてくれるものが求められるようになる。

だからこそ、暗いメッセージ性を持つメタルは凋落傾向にあった。

 

そこに明るいメッセージ性を持つBABYMETALが救世主のように現れた。

しかも実際に観て聴くと心が明るくなり、性格も生き方も変わり、人生が明るくなる。

毎日聴いていると、以前にはなかった心の高揚感がリアルに感じられ、灰色だった繰り返しの日々が新鮮な毎日となって朝を迎えてくれる。

 

こりゃ~、中毒になるのも当然、ということでしょう。

 

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そう、このことだけでも、BABYMETALは今までに存在したことのない、特殊なメタルバンドなのだということが言えるかと思うのです。

 

 

 

 

部 パリ同時テロについて

 

ここで先日の2015/11/14のパリ同時テロについて述べたいと思います。

まずはテロで被害に遭われた方々に心から哀悼の意を述べるとともに、「イスラム国」という狂信的犯罪者集団の撲滅と排除に、全世界の国・機関が一致して対処することを心から願っていることを申し上げさせていただきます。

 

 

さて、ここで少し考えてみたいことは、どうしてそういうことが起きるのか?ということについてです。

 

よくよく考えると、問題の根源にはつねに「貧困と差別」が横たわっています。

もしも欧米での移民問題において、はじめに「貧困と差別」の問題がなかったならば、おそらく過激な思想や集団に惹かれる人々も少なかったのではないか?という点です。

もしも最初から、「人は本来、平等である」という考えのもとに、就学就業の機会を平等にして国や機関もそれに配慮した政策を実行し、また同時に一人一人が個人的な感情による一切の差別やイジメを排除して、周囲の人々に、平等に同じ人間として接する。

そうしていたならば、果たして世界は今のような問題を抱えていたのかどうか?

世界の問題の半分は存在しなかったのではないか?

そう思うわけです。

 

 

むろん、施策によって、制度によって社会的なシステムを直接変更するには、政府や機関によらなければいけません。 

 

がしかし、そもそも市井の人々が、同じ人間であるはずの周囲の人々を、その人が為した行為ではなく、移民や異教徒・肌の色や国籍・性別や出生地で色分けして嫌悪し、差別したり、排除したり、虐めたりするならば、いくら政策・制度によって社会的な構造を変えようとしても、あからさまには見えない至る所で「差別・イジメ」は蔓延し、結果「格差と貧困」が広がり、差別と虐めを受けた人々の中から、暴力的犯罪的行為に走る人が出てくるでしょう。

それが今の世界の現状の結果ではないか?

 

しかもそれは他の国だけではない、日本においても将来的な萌芽が形成されつつあるのではないか?

そう思うわけです。

 

 

だからこそ、人はこのゲイリー・ニューマンの楽曲が暗示する心の暗闇を、なかったこにすることなく、また開き直ることなく、一人一人が自分の心を直視し存在を認め、

「もしかしたら自分は負の心の部分によって、知らず(無意識に)他人や周囲の人を嫌悪し、差別し、排除しようとしているのではないか?」

常々そう自分自身に問い掛ける必要があるのではないか?

そう思うわけです。 

 

 

私自身、昨今の中韓反日抗日宣伝のせいで、さして日常で中国人や韓国人と接するわけでもないのに、ふと新聞やTV、あるいは繁華街で中国人韓国人を目にし、声を耳にすると、嫌な気分(嫌韓・嫌中感情)が心の中に起きてきます。

その人、本人が何か悪い行為をしたわけでもなく、そもそも本人を知っているわけでもないのに。

 

もちろん、中韓の世界での過剰な反日宣伝はどうしようもなく、ひどいものであることは間違いありません。

しかし、それと今目の前にしている人とは異なりますし、そういう嫌悪感・差別感情自体、自分の心の中に存在することがそもそもとても嫌な感覚です。

 

 

だからこそ、そういう負の感情が存在することを直視して「これは本来の私ではない」「本来の人間としてこうあるべきではない」と否定する。

そうして正しく、平等に周囲を見回して、冷静に対処する。

そういうことがこれからの社会をテロのない平和な世界とするためには、世界中の一人一人に求められることなのではないか?

制度・政策云々の前に、一人一人が自分を知り、自分自身の心と対峙して、適正に評価する習慣をつける必要があるのではないか?

それ以外にテロの萌芽を、差別と貧困を、世界から取り除くことは出来ないのではないか?

そう思うわけですね・・・

 

 

え~、つまりメタルですw

イジメ、ダメ、ゼッタイw

 

 

 

 

 

 

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