BABYMETALの謎を解く

妄想で突っ走ってます!(◎_◎;

時代はBABYMETAL(未来と希望)を求めている

※ご注意![約4400文字]長い上に文章やたらこねくり回してて理屈っぽいですw

 

 

 f:id:usikamo:20151221211422j:plain

 

 

 

2015年12月20日。

この日、世界中のBABYMETALのファンが喜びと感謝の想いを、

FacebookTwitterYoutubeSNSやブログから発信した。

 

中元すず香、18歳の誕生日。

彼女に向けられた想いは、ただ単にアイドルに向けられた憧れといったものではない。彼女=BABYMETALと出会えたことによって、いかに自分の人生に喜びがもたらされ、変化がもたらされたのか、彼らの想いは数々の感謝の言葉で埋め尽くされた。

そうして彼女の未来と成長、成功と幸運を願う多くのファンの心からの祈りが、再び見る者の心を震わせた。

 

 

もはや彼女は18歳にして、すでに一介のアイドルという枠を超え、ただ単にスターというひと言では言い表せない存在になりつつあるように見える。

いうならば、時代が要請するひとつの象徴とでもいうような存在に突入しつつあるのではないか。

 

今回は、このことについて述べてみようと思う。

 

 

歴史は繰り返さないために繰り返す

 

 

安らかに眠って下さい

過ちは 繰返しませぬから

Let all the souls here rest in peace

For we shall not repeat the evil

 

 

原爆慰霊碑に刻まれたこの碑文は極右などとの論争(wiki)もあったようだが、原爆を投下した加害国の米国や被害者の広島・長崎市民の立場を超え、人類全体の立場から、人類の破滅と文明の破壊という”過ち”を繰り返さないことを誓ったものだ。

 

 

しかし、その願いも空しく、米ソ冷戦により世界各地で覇権を争う代理戦争が行われ、核による世界第三次世界大戦勃発の可能性という極度に緊張した状態が続いた。

もちろんその間、反戦運動(主に長期化したベトナム戦争に対する厭戦気運による)も起き、60年~70年代にかけロックやフォークでも戦争反対・平和が盛んに歌われた。

 

※The Stranglers より Enough Time(1978). 繰り返し繰り返し「お前には十分な時間はあるのか?」と訴える。1989年にベルリンの壁が崩壊するまで、そういう緊張した空気が社会に漂っていた。

 

 

だが結局は、東西冷戦を終結させたのは、共産主義の無謀な実験失敗による旧ソ連自らの崩壊(1991年)によるものであった。

 

その後、米国一強により世界は自由経済と民主主義が広まり、人類は戦争のない平和な世界へと歩むかに見えたが、近年、ことにリーマンショック以降、格差と貧困が拡大しこれに伴い民族主義ナショナリズムによる右傾化が世界各地において見られるようになった。

またその他、西側の民主主義の価値観とは相容れない中国やロシアなどとの軋轢が生じており、世界は再び緊張の一途を辿っているように見える。

核の脅威も、十数年前に比べ北朝鮮の核開発や過激テロ組織への流出など、より一層、現実的な危機となって身近に迫っている。

テロの脅威を含め、日本も例外ではない・・・

 

 

f:id:usikamo:20151221223905j:plain

 

 

いつの時代でも、暗雲立ち込めるときこそ、

必ず、未来に希望と光をもたらすメッセージが(市井の人々から)求められてきた。

 

 

先が見えない〈今〉の時代だからこそ、BABYMETALが呼びかける、

・差別を否定すること(I.D.Z)

・人々の絆と融和の大切さ(THE ONE)

・困難な未来へ立ち向かうこと(RoR

この三つのメッセージが、世界の言葉の壁を越えて多くの市井の人々の心を捉え共感させる。 

 

つまり、BABYMETALは(AmuseもKOBAMETALもそこまで意識して企画したとは思わないが)、 〈今〉という時代※1だからこそ生まれたメッセージバンドであり、言い換えるならば再び負の歴史(過ち)を繰り返そうとしている人類に対して、時代そのものが負の歴史を繰り返さぬよう要請し、「人類自体が持っている未来を切り拓く必然の力」から生じた「未来の光と希望の力」に他ならない。

 

f:id:usikamo:20151221224447j:plain

 

 

そうしてそのメッセージを体現する象徴として、中元すず香は存在するのである。 

 

 

 ※1この〈今〉ということに関し、日本の音楽評論家の感度の鈍さについて以下のページで述べました。なお、内容は批判がメインなので、読んでもちっとも楽しい気分にゃーならないことは保証しますw

日本の「代表的」ロック評論家の驚くべき無能さ [約2300文字]

 

 

中元すず香が象徴するもの

 

少し回り道するが、

人ははるか太古の時代から「美というもの」を追い求めてきた。

筆者は美学も哲学も不案内なのだけれど、この「美というもの」に対する人間の感性を追及すると、そこにこの答えを解く鍵があるように思う。

順を追って述べよう。(なお以下は、あるブログでやり取りした文章を再構成したものです) 

 

 

1.「美」というもの

 

まず、人間が一般的に、対象に対して客観的に”認めることができる”「美というもの」があります。

 


それは黄金比白銀比、あるいはフラクタクルなどで構成された空間(動線など動きも含む)であったり、あるいは音階や色調であったりするわけですね。

しかしながら、カントを持ち出すまでもなく、美とは(人間個々の感性が異なるので)どこまでも主観的なものであり、同じ絵画・建築物・風景他を見ても、万人の感性が完全に一致する普遍的・客観的存在としての「美というもの」はありません。

 

 

にもかかわらず、いつの時代であってもヒトは美を求め、美を語り合い、そして倦むことなく美を次々と創り出し、そして今現在創り続けています。

なぜならヒトは「美というもの」に対して根源的な「心地よさ」というものを感じ、「心の安らぎ」をそこに見出すからですね。

 

 

つまり、ヒトの持つ「美という概念・感性」は、人間に「心地よさという生存状態」を要求する、生存欲求に直結した本質的かつ普遍的な概念・感性であるともいえるかと思います。


したがって、本来「美というもの」の概念・感性の本質には、苦悩や悲しみ・憂いの概念はなく、純粋無垢・純真無雑・純潔など、清らさ・透明感・統一感などの感覚が含まれるわけです。(それで昔の絵画や彫刻でも、子供の純真さ・純粋さが象徴として描かれ、世阿弥も童子の立ち居に幽玄を観たり)

 

f:id:usikamo:20151221212124j:plain

※ピエール・オーギュスト・コット作「春」

女性が神々しいまでに美しく描かれている。まるで森の中の妖精のよう。左下には女性の純潔を象徴するアイリスが咲く。これは古典絵画ではないが、ゆいちゃんのような雰囲気があったのでw

 

 

しかし実際の世界は、矛盾と不条理に満ち、苦悩や悲しみ・憤りに満ち満ちている。
それどころか都市社会が発達すると(つまり現代社会も)人と人との絆は希薄になり、逆に「勝ち組」など、人の生き馬の目を抜くことが喜ばれたりするようになる。
その時、自分の中にある矛盾する(どろどろした)部分に気付いた人々は、単純な「純粋さ」だけの美だけではなく、そこから逃れた先にある善悪・美醜・真偽さえも超越した美を見出そうとする。

 

だからこそ、古典絵画のような、神々や女神や天使等の通り一遍の「美の再現」「純粋さの表現」ではない現代絵画が生まれた。

現代社会の資本主義経済という、すでに逃れられない社会システムに取り込まれた個々の人々の(矛盾と不条理に抵抗するという意を含め)滅びゆくものや背徳の輝きの中に「真の美というもの」が追及され、表現されるようになった。
それが滅びの美学であったり、背徳の美学であったり、抽象絵画や彫刻だったりするんだと思うんですね。

 

 

しかしながら、さらに社会が混迷してくると、再び未来への希望や光というものが欲求されてくる。

いわば「純粋無垢・純真無雑・純潔など清らさ・透明感・統一感などの感覚」へと再び回帰するわけですね。

 

 

そこで中元すず香

 

ルックスや歌声など外見的なものだけではなく、すでに知られている通り、

・彼女の何に対しても「全力!」で取り組むひたむきさ

・困難な状況にあっても自分に負けず、未来を見詰めて前進する強い意志

・そして時折見せる屈託のない笑顔

それらすべてが内面にある「純粋さ」という美を表し、

それこそが人々の求める「本質的な美というもの」に対する感覚を共鳴させている。

だからこそ、中元すず香が「Kawaii」ではなく「美しい」「イケメン」と表現される。

 

f:id:usikamo:20151222030059j:plain

 

そう筆者は思うのです。

 

 

2.エロスとアガペー、そしてヒロシマ

 

またそれだけではない。

中元すず香が象徴する「美というもの」は極めてアガペー的「愛」の性質を持っていると考えるのです。

 

エロスもアガペーもいずれも「愛」を表す概念ですが、

エロスは、男女が一体となる性愛的な意味から、プラトン哲学では、互いに求め合う「愛」という概念こそがイデア(真理)であり、それが真理を希求する根源(哲学の根本的情熱←ぶっちゃけて言えば人間の幸福の追及)であるとされました。

ま~言ってみれば、愛情のない恋人関係なんかより「愛」が大切!最も愛を大切に! ってことですね。

アガペーは、キリスト教の神による人間への無条件の愛、転じてキリスト者の無償の愛を表します。

 

いずれにせよ、

・「愛」とは他者との一体化を希求する概念・欲求であり、

・人間は他者と一体化することにより、そこに「心地よさ」「安心感」を見出している

ことは間違いありません。

したがって、

美というものへの人間の欲求も、その根源には「心地よさ」を求める欲求があるわけですから「愛」という概念の中にも常に「美」という概念が存在します。(美しき愛等)

 

 

だから中元すず香の「美」にも愛が含まれることは間違いないのですが、ご承知の通りBABYMETALは性愛的要素=エロス的要素が一切排除されており、

また、彼女の「歌の考古学」やさくら学院の日誌でも書いている通り、

ヒロシマの精神(被害者・加害者の別を超えて、人類を代表して過ちを繰り返させないこと)が、

色濃く滲み出ているため、極めてアガペー的な無償の愛を見る人は受け取るのです。

 

 

つまり、中元すず香が象徴している「美というもの」は、極めて「聖なるもの」に近い概念を持つということであり、それが混迷の社会にあるファンの心を強力に惹きつけ、安心感と心地よさを与え、それが為に捉えて離さない、ということなのではないか?

そう思うわけですね。

 

 

人はひとつになることを求める 

 

ここで「一体感」について認識論の立場から書こうと思いましたが、またまた2000字を軽く超えそうなので、また別の機会とします

 

 

サテ、人は対象や他者に「心地よさ」という美の感覚を希求し、一体になること・一つになることを心から欲している。

対象が純粋であればあるほど、人の心は心地よさと安心感・幸福感に満たされる。

 

世界各地で、人々の絆が壊れ、心の荒廃が加速度的に進んでいる現代。

テロと核と、地球温暖化で先が見えない今。

 

私たちは中元すず香が象徴するものの中に、何を観ようとしているのでしょうか?

あるいは私たちは、自分の中に何を見出そうとしているのか?

 

 

いずれにしても、それが一人でも多くの人の心の中に達成されたとき、

私たちはひとつになる喜びとともに、未来への希望と光を見出すことになるでしょう。

 

 

遅くなりましたが、

すぅちゃん、お誕生日おめでとう。

こんなブログ、目に触れる機会はないと思いますが、

世界中のキツネたちが貴女にサポートされ、

そして貴女をサポートしています。

 

f:id:usikamo:20151221230429j:plain

 

 

いつの日か、世界がひとつになることを夢見て・・・